チュウチュウって何者ですか。
空港から一歩外に出れば、絵に描いたような青空が広がっていた。
これが俗に言う”バンクーバーブルー”というやつか〜
聞いたことないけど。
バンクーバーは思っているよりも寒くないし、空気も成田より澄んでいる気がする。
おかげでさっきまでの長い待機時間で積もったフラストレーションは一瞬で消え去った。
しかし、「気分は上々」だが「荷物は重々」であり、”気持ちいい”と”しんどい”が行ったり来たりで感情が忙しい。他のメンバーはほとんど大小1つずつのキャリーケースであるのに対し、私は大きいケースが2つに登山用リュックという移住レベルの荷物を持ってきていた。しかも、片方のキャリーケースは規定荷重を8㎏もオーバーし超過料金を払っている。何がこんなに重たいのか知らないが1つ言えることは、パンツを20枚も持ってきたのはアホだと思う。
さて、うめき声をあげながら荷物を大型バンに積見込み、準備が整ったらいよいよ出発である。
車内には8人の日本人留学生と運転手の合計9人、荷物も合わせると小型トラックくらいの重さはあるだろう。しかし、そんなことは微塵も感じさせない、北米らしいダイナミックなアクセル捌きで車は走り出した。ちなみに運転手はカナダナイズされた日本人のおっちゃんである。
実は出発前、「今回、8人の留学生を各ホームステイ先へ順番に送迎するよ〜」とおっちゃんは言っていたのだが、「君ともう1人は同じホームステイ先で1番遠いからね〜」と重要なことをサラリと付け加えた。
そんなに簡単に言ってほしくなかった。
事前情報で遠いことは知っていたけど、もう少し気持ちの整理をさせてくれよ。
同じステイ先であることが判明した彼と私は顔を合わせ、会釈と同時に軽くため息をつく。座席の1番後ろに促され座っている私たちは、すでにスタートから出遅れた気分だ。
車は空港を離れ、どんどん都心へ向かっていく。
おっちゃんは様々な施設を説明しながら車を進め、ポンポン留学生を降ろす。
見送ったら見向きもせずに次の場所へ送迎していくので「薄情な人だな」と感じ、まるで自分が”配送物”かのような感覚になった。でもきっと「早くホームステイ先へ届けたい」との思いでやってくれているし、実際そうなのである。もう何も考えずおっちゃんに委ねようと、途中から感情を無にした。
おおよそ2時間。
車に揺られてようやく辿り着いた町は、今まで見たバンクーバーの町とは違う想像以上の田舎町だった。
おっちゃんは車を停めると、私たちを連れて対象の家へグイグイ進む。玄関に到着し、おっちゃんがドアをノックすると、家の中からこれまたおっちゃんが出てきた。
外にはファーストおっちゃん、家の中にはセカンドおっちゃんである。
「Yeah〜Yeah〜」と招き入れるセカンドおっちゃん。
「Good luck!!頑張ってね〜」と言いながら、こちらを見向きもせず去っていく薄情なファーストおっちゃん。
私ともう1人の彼は、2人のおっちゃんを交互に2回ほど見た後、セカンドおっちゃんの言うがまま家に入っていった。
大きな家である。
パッと見た限りではそれなりに綺麗な内装で、セカンドおっちゃんも微笑ましくこちらを見ており、とりあえず悪い家ではなさそうだ。玄関の扉を閉めるとセカンドおっちゃんは「Yeah〜Yeah〜」と言いながら近くのソファに案内してくれた。
私ともう1人の彼はソファに座る。
よく見るとベニヤ板が見えておりクッションはパスパスのクタクタで、ソファに座ると体操座りの体勢になったが「海外のソファとはこういう物だ」と思い込むことにした。今思うと絶対そんなことはない。
そうこうしている間にセカンドおっちゃんは我々から3メートルほど離れた場所のロッキングチェアに座った。絶妙に喋りにくい距離だが、セカンドおっちゃんは気にせず話し始めた。
セカンドおっちゃんは中国人系カナダ人でこの家のファーザー、つまり「お父ちゃん」であり、ご存じの通り「おっさん」である。微笑ましいファーザーは「Yeah〜Yeah〜」と言いながらいくつかの質問をしてきた。
「いつまでバンクーバーにいるの?」
「将来したいことはあるの?」
「年齢はいくつ?」
などなど、当たり障りのない質問だが、英語ビギナーの私にはとてもヘビーな質問なのである。なんとか必死で伝えようとしたが将来のことを上手に話せず、なんとなくフェードアウトしていき無かったことにされた。
続いて、ファーザーは部屋に案内し始める。事前情報では留学生用の部屋は2階にあり、3人分の部屋が用意されていると聞いていたが、どういう訳か既に5つある。そのうち1つは家族の部屋で、あとは韓国人の女性と日本人の男性が住んでいることがわかった。
残り2つの部屋を決める。もう1人の彼は向かって右側の部屋、私は左側の部屋を使うことになった。
ちなみにもう1人の彼は、ウェーブのかかったロン毛で塩顔系の日本男性だ。彼はレンズが黄色い少し大きめのサングラスを持ってきており、装着するとほぼ ”ゴスペラーズの村上てつや” になるのである。グルーヴ感漂う彼のことを心の中では「村上」と呼んでいた。どうでもいいが、脱毛していて髭は全く生えていない。
部屋に荷物を置いた私と村上はファーザーにリビングへ連れて行かれた。
扉を開けると広いキッチンとダイニングが一体になった部屋で、奥にはなかなかのサイズの庭が広がる。「1番海外っぽい雰囲気」を感じたので、少し高揚感を抱きながら奥へと進んだその時だった。
突然、死角から想像以上の大きい犬が現れた。これまた事前情報には載っていないのである。実はホームステイを申し込むとき、「子供がいてもいいか、犬がいてもいいか」などの質問をされていて、私はどちらでもいいと回答していたのでさほど驚かなかった。がしかし、村上はそうではないらしい。
村上「犬、無理なんすよ」
声のトーンで村上の深刻さを悟った。厳しそうである。
しかも村上は事前の質問で「犬はダメ」と言っていたらしい。海外エージェントよ、なんの為の質問だったのか。
ただ、あんな雄々しいサングラスをかけた男が飛び上がって離れていく様はなかなかシュールで、申し訳ないが楽しんでしまった。かわいそうだが、村上はこのあと1ヶ月間この犬と付き合うことになるのである。
ここで一通りの説明が終わったらしい。ファーザーは「だいたい18時くらいにご飯できてると思うからそれまではゆっくりしてね」と言いどこかへ消えていった。
この時点で16時くらい。暇だ。
そこで、私は村上を誘い近所を散策することにした。
風が気持ちいい。
歩いている人は・・・・
おお、全員英語を喋っている。
おお、こっちにはカナダグースもいるぞ。
改めて、カナダに来ている実感が湧いてきた。隣の村上も、散歩中の犬に怯えながら同じ気持ちであるだろう。
気分がのり2時間近くも近所を散歩していた。家に帰ったら記念すべきカナダ最初の食事である。
その料理がこちら。
ホストファミリーが悪いわけではない。
彼らは至っていつも通りのご飯なのだ。
私が海外生活で食べる料理に夢を抱きすぎた。
ホームパイ、ピクルスと厚切りハムのサンドイッチ、ミートスパゲティ、マッシュポテト・・・そんなのを期待していたのだ。彼らは悪くない。私が悪い。
そうやって自分を戒めながら、ファーストバイトを口に運んだ。
中華料理だけあって、口馴染みは良い。ただ、辛い。
辛いものを食べると私は下痢をする。
辛い辛い辛い辛い。(ツラい、からい、ツラい、からい)
そんな思いを村上に目線で合図しながら食べていると、小さい男の子がリビングに入ってきた。
ようやく事前情報に載っていた人が現れた。ホストファミリーの次男だ。色が白くてふっくらしている。「だいふく」みたいで愛嬌があってなかなか可愛いじゃないか。
だいふく君は少し恥ずかしい感じを出しながらも、ものすごいスピードの英語を話す。だが、私たちが全く喋れないとわかると、ゆっくり話をしてくれた。11歳にして、気遣いを習得している。
だいふく君にチラチラ見られながら、村上は犬に怯えながら食べ続けていると、さらに新たな刺客が現れた。
中国人が2人だ。
1人は毛が少ない。
もう1人は髪の毛が長く、ジェラートピケっぽいモコモコつなぎを着ていた。
ユニコーンカラーの「夢色」である。どこで買うんだそれは。
この2人も事前情報には載っていなかった。1階に住んでいる。おいおい、留学生は2階に住んでいるだけじゃないのか。事前情報はほとんど役に立たないではないか。
この2人は軽く私たちに挨拶を済ませたら、夜ご飯を取り、すぐに自分の部屋に戻ってしまった。
毛が少ない方はともかく、髪の毛が長い方は私たちに強烈な印象を残していった。そこで、私と村上はだいふく君に質問をするのである。
私と村上「Who is she?」
だいふく君「She is he.」
おいおい、そんな例文は未だかつて聞いたことがない。
もちろんスタイルは人それぞれ自由でいいし偏見の目は何もないが、どう見ても女の子にしか見えなかった。She もとい Heの名前は通称「チュウチュウ」だ。しかもマザーの友達らしい・・・ということは40代か50代なのか・・・もしその年齢だとしたら、かなり度胸のいる服を着ている。
チュウチュウは年齢もわからなかったので、再びだいふく君に聞いてみた。
私と村上「チュウチュウは何歳なの?」
だいふく君「わからない。」
私と村上「君の予測だと何歳?」
だいふく君「43歳」
20歳だった。しかも大学生だ。
別の日にチュウチュウはいっぱい話をしてくれた。名前の由来のこと、いつもオンラインゲームをしていること、大学の専攻のことなどだ。なんだ、チュウチュウはすごく優しい良いやつではないか。
しかしながら、チュウチュウもマシンガントークがすごいので名前や大学の話は正直ほとんど理解できなかった。オンラインゲームは「一緒にするか」と誘われた気もするが「今日のところは良いです」と変に大人な態度を取ってしまった。逆に大人げない。
さて、辛い食事も終わったところで、どこからかマザーが現れた。マザーは食器の返す方法や、ランドリーの場所、お風呂の時間(ちなみに22時まで、1人あたりの時間は15分と言われた。)などを教えてくれた。今のところ1番ていねいな説明である。また、もう1人の息子がいると事前情報でわかっていたが、その息子はダウンタウンで1人暮らししているらしい。週末にはたまに帰ってくるらしいのでまたその時は声をかけてみようと思う。
説明が終わったら、マザーに日本から持ってきたお土産を渡し、ようやく長い1日が終わりを迎えようとしていた。シャワーを浴び、村上と共に今日の1日を振り返る。
村上「犬ほんまにヤバいすわ〜」
私「まぁしゃーないなぁ〜」
村上「でもご飯は意外と食えましたね」
私「でも毎日これやとちょっと困るかもしれないなぁ〜辛いの食べられへんねんほんまに」
村上「ちょっと様子見て耐えられなくなったら言いましょ〜あ、ところで明日ダウンタウン行きません?」
私「おおいいよ」
村上「僕明後日から学校始まるから学校までの経路と所要時間を知りたくて」
私「定期券も買わないといけないしね、そうしましょう」
ということで明日は初めて公共交通機関を使い、ダウンタウンへと向かう。
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