心躍るピレネー
2020年6月のことである。
梅雨の真っ只中。
今や、何の欲に満たされれば楽しいと思えるのかわからないほど、希望に欠け、胃がもたれ、顔は乾燥し、横たわり、犬のケツで目が覚める日々。
自宅で筋トレをしていると股関節から「コキッコキッ」と音が鳴り、歯を磨くと必ずえずく。
小顔に憧れ、「若さ」を羨み、
座る回数は増え、目元の小皺(こじわ)は刻まれる。
知覚過敏は進行し、3歩歩けば記憶が薄れ・・・
いやいや、こんな悲観をネチョネチョとこねた団子のような当たり障りのない人生だったわけではない。
保育園時代。
全裸の父親に、これまた全裸の私が肩に乗り、前後に移動するだけの何も生まない踊りを惜しげもなく披露したり、
当時、相思相愛だった(たぶん)、ポルシェ乗りの両親に育てられた気品あふれる優しいY子ちゃんと滑り台の上で熱いキスをかわし公然猥褻をした記憶がある。
(幸い誰もいなかった)
小学校時代。
小学1年生ながら、同じ班の子たちと牛乳瓶とパンの皿を駆使し、オーロラ輝子になりきろうゲームをして遊んだり、
女の子と一緒に校庭の裏へまわり、知りもしないアダルトビデオごっこなんかもした。
「おお〜、気持ちいいのかい、そうなのかい」などと、何の韻を踏んでいるのかよくわからないけれども、体には触れず、言葉のキャッチボールをするだけの関係・・・
そう、あの頃はプラトニックだった。
その後も、高校時代はクラブ活動、大学時代はバイトも◯◯◯◯にも勤しんでいたし、この上ない普遍的な人生を歩んでいたはずである。
素晴らしいではないか。
太陽は私を照らしてくれていたはずだ。
伊勢神宮の天照大御神に何度もお参りしたし、Moumoonの”Sunshine Girl”は飽きるほど聴いていた。
定食が美味しい「太陽テラス」というカフェは行きつけだったし、最初に就職した会社の上司は涙が出るほど綺麗なハゲだった。
なぜだ。
なぜなんだ。
あんなにも輝いていたのに、いつからこんなに曇ってしまったのだろう。
そう今の私には、精神的にも物理的にも「太陽」と「心踊り輝く場所」が必要なのだ。
どこだ、どこにある。
・・・
その時だった。
テレビから「運命の曲」が聞こえてきたのである。
「エスパーニャ〜太陽と歌を求めて〜」
ん?
「冒険と夢を求めて〜」
「エスパーニャ ときめきのリズムあふれる おいでここパルケエスパーニャ」
そうだった。
一番輝いていたであろう小学校時代に行った「心踊り輝く場所」がこんなにも近くにあったではないか。
しかもパルケエスパーニャがある「志摩スペイン村」は、
「”心の再発見”を求め、新しいライフスタイルを提案」とある。
犬のケツで目覚めているような私が行っていいのか・・・
顔にウンコついていないかなぁ・・・
でも太陽が全て受け入れ浄化してくれるだろう。
そう思った瞬間、きらめく太陽の土地へ必然と足は向かうのだった。
ところで、志摩スペイン村は、「ホテル志摩スペイン村」「ひまわりの湯」そしてテーマパーク「パルケエスパーニャ」の3つから構成される複合リゾートである。
そもそも三重県のこの辺りの地域「伊勢・鳥羽・志摩」、いわゆる『I・T・S』だが(聞いたことはない)、近鉄電車の関わる筆頭観光地であり、伊勢神宮や鳥羽水族館、伊勢戦国時代村(にゃんまげのいるところ)、ミキモト真珠島等とってもメニーメニーアロットオブ名所がある地域なのだ。
実は早朝、伊勢市の「夫婦岩」にも行き、特に早起きできないこの私が白目を剥きながら有名なあの「日の出」を見に行った。
太陽は既に出ており、日の出というか「日既出」だった。
私は再び白目を剥き、後2時間寝れたであろう朝を悔やんだのである。
あぁやっぱり犬のケツで目覚めるようなヤツには振り向いてもくれないのか・・・
滝行とかして全部綺麗にしてから来たほうがよかったかな・・・
『I・T・S』にいる間はウンコしないから許して・・・
などと余計なことを考えて波打ち際に近づくと、波に足元を濡らされた。
まだまだウンコはつけど運はついてきてないようである。
さて、運かウン◯かわからない話(もう言いません)をしている間に、本日1泊する「ホテル志摩スペイン村」に到着した。
ここに泊まれば、通常1DAYパスが5,400円なのに、2DAYパスが3,400円で購入できるという意味がわからないほどリーズナボーで、フォンドボーは仔牛の出汁であり、本当に意味がわからない。
ロビーでボーボーほざいていると、ホテル近くからゴーゴーと盛大な音が聞こえてきた。
Ladies & Gentlemen
壮大な前置きからようやく本題にたどり着いた。
ゴーゴーの音は世界に誇る大型インバーテッドコースター「ピレネー」である。
おおおお猛々しいあの姿、無駄に大きい空気を切り裂くような音、ゆったりとしなやかに且つスピーディーに走るその動き・・・
言うなれば、
ラグビーの中島イシレリ
有刺鉄線デスマッチの大仁田厚
気合を入れるアニマル浜口
そんなところだろうか。
全員ゴリラみたいな人に例えてウホウホ言わせている場合ではない、ピレネーを目に私の気分がウホウホなのである。
ピレネーはインバーテッドコースター(逆さ吊り)の中でも世界最大級で、ベーシックなコースとカスタマイズされたコースが絡み合ってもうネチョネチョで見て乗って楽しんで欲しい箇所がアホほどある。
それはこの後、出しても出してもしごき続けヒクヒクするほど責めるので、待っていただきたい。
そうまだ私は、入園口にすら立てていないのだ。IN PARKしよう。
ということでホテルに荷物を預け、ショボい「ホテル・温泉ゲート」から入った。
なので、メインゲートの写真はない、
どころかどちらの入園口も写真すら撮るのを忘れるほどピレネーにしか目がいっておらず、
縁石でコケた。
ヒザとくるぶしを擦り剥いた。
悲しい・・・というか寂しい・・・相手にしてほしいがしてほしくない・・・無惨な気持ち・・・
この気持ち、スーパーミリオンヘアーが風で飛ばされるくらい無惨だ。
あれほど涙が出る出来事ったらない。
あるものがなくなるのだ。
というか元々ないところにあるようにした代償なのだけれども風で飛ばすために施しているわけではない。
私は身を擦り剥き、おっさんも粉を振り、みんな身を粉にして頑張ってんだ。
これはもう、日本有形文化財にして欲しい・・・
スーパーミリオンヘアーの話である。
そうして足をいたわりながらようやくサブゲートに到着。アルコール消毒、検温を経て入るとさらに大きく見えるピレネーが。
ショボいサブゲートは、ピレネー沿いに設置されており、雄大なピレネーを感じることができる最高のスポットだ。
口をあんぐり開け、ピレネーを見ながらピレネーの横を通り、ピレネーと共に歩み、ピレネーと共に宙返りをしながらヒザを擦り剥く。
ここはそういう設計なのである。
そうこうしているうちにピレネーのエントランスにたどり着いた。
ついに、ついに心晴れる時が来たのだ。
おそらくピレネー山脈の山小屋はきっとこんな感じなのだろう。
ただ、山小屋の看板が「ぴぃ〜れねぇ〜」と踊っているのはよくわからない。
もし、本当のピレネー山脈にこの看板の山小屋があったとしたら、ここには泊まりたくない。
寝てる間に山小屋の壁が抜け、「ぴぃ〜れねぇ〜」と叫びながら寝袋ごと崖から転落しそうだ。
なんだそういうところから恐怖心を煽っているのか。このマジェスティ私がそんなことで怯むとでも思っているのか。
ユニクロという高級ウェアに身を包み、崇高なスギ薬局で高級ディスカウントクーポンを駆使し、ハイクオリティスーパー玉出で買い物をしているこの私が。
などと無駄な妄想をしていると、瞬時に乗り場へとたどり着いた。
ここ最近のパルケエスパーニャ(通称パルケ)は、日頃から入場者数がある意味”安定”しているため、並ばず乗り放題だという広告をだしている。こちとら、最高の環境を提供いただいているのである。
この日も、恩恵を存分に受けることができた。
ありがとう、太陽。お日様。パルケエスパーニャ。
ホテルで早々にトイレで排泄したけど許してくれたんdn…
そうして恩恵を受けたことを天に向かい合掌していると従業員に呼ばれた。
「8番へどうぞ〜」
きた、きてしまった。もうこれで帰ってもいい。最後列だ。最後列は最高列なのだ。
死んでもいい。コブラロール(後で出てきます)とかでグィンと振り乱されてそのまま飛んで行ってもいい。
本望だ。望むところだ。ケンカ売ってんのか。やってやるぞコラ。
と取り乱しているうちにスタートしていた。
容赦無くグングンと高度を上げ、広大な敷地、遠くの山々、近くの海々、すぐそこのホテル々、私の汚い足々・・・いろんなものが見えて、なんて自分はちっぽけなんだ、この大地から見た私なんぞ黒ゴマぐらいの存在なのだ、黒ゴマの私がミジンコみたいな脳みそで考え悩んでいることなんざ「存在している」にならない。そうだ、地球から見た私はもはや「何も考えていない」ことになっている。
もういいじゃないか、身を委ねて今を楽しもうuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuoooooooooooooooooooohhhhhhhh!!!!!!!
と約45mからのファーストドロップを駆け下りた。
そしてすぐに大きな大きな垂直ループへと突入していく。
とっても見た目に美しく迫力のある垂直ループ。
側で見ていると、大きな音とダイナミックな動きに口が垂直ループの形になってしまう。
しかし、乗った人はわかると思うが、ここを通過する時に見えている景色は「ほぼ空」である。
高さも景色もほぼ感じることなく「なんとなく宙返りをしている」感覚で終わってしまう。
ここは、乗車民が下界民のオーディエンスに見せるパフォーマンスと言っていいだろう。
乗車民「下界の民ども、こんなにスマートでエキサイティングなコースを嗜んでいる私、羨ましいだろう」
下界民「きゃー!!あんなエキセントリックな民に私もなりたい〜!!!ヒエラルキーの頂点に行きたいぃ!!」
と、そんなやりとりがにわかに行われていたりいなかったりするらしかったりしなかったりするらしい。
そんなオーディエンスの歓声を聞きながら次に突入するのが、ゼロGロールと呼ばれるネジネジコースである。
その名の通り、フワッとすることもグゥッとなることもない。スーーーとねじれながら進むコースで、2列目以降に乗ると前列を見習ってみんなネジネジしていく様子が見れて実に面白い。生まれ育ちの違う知らない人たちと訳の分からない場所でネジネジするのである。
「個性」が尊重され「皆と何か違うこと」を求められているこの時代に、伊勢志摩の空中で知らない奴らとネジネジする意味はびっくりするほど皆無だが、乗車後にはネジネジを共有した”同士”に絆が生まれ、”ネジ友”として”ずっ友”でいて欲しいと願っている。
さて、ネジネジのあとは、少し小さめの垂直ループをくるりと抜けて個人的お待ちかねゾーン、
「コブラロール」
である。
コブラが体を持ち上げているように見えることからこの名前がついたそうだが、ここは本当に訳がわからない。
グワっと空が見えたかと思うと、急に左にグィンと振られ、また空が見えて下に落とされるのだ。
この「左にグィン」に私は恐怖を感じるのである。
そこそこの速度で突入し左に振られるので、Gがものすごくかかりそのまま振り落とされるのではないか・・・というか振り落とされている絶対。
なのにコブラロールを抜けるとまだ乗車民として存在している・・・
強烈なGで記憶をなくしている間に、この世に存在しない「ひも」みたいなもので引き戻されているに違いない。
無事コブラロールから生還すると、2回目の垂直ループを潜り抜けながらくるくる旋回する。
ここは特筆するような特別な感覚はないが、強いGを感じながらも心地よく空中を旋回している感覚で爽やかだ。
爽やか旋回の後は一旦ブレーキポイントに突入、そしてラストスパートをかけていく。
素早くドロップした後、ダメ押しのもう一捻りでくるりと大空を舞い、そろそろ天地が逆転してくる。
その後は頭がおかしくなってきているのを全て把握しているかのようにすごくゆったりとしたコースで休憩時間をくれるのだ。
優しいじゃないかピレネー。
だが。
そう思わせておいて、最後にまだお楽しみがあるのだ。
コースの何ヶ所かにこのピットと呼ばれる凹みが配置されている。
だが最後のピットが1番凹んでおり、足が持って行かれそうになるというか大根おろしの刑があったとしたらこんな感じかなというか切断してしまうのではないかというか足大丈夫ですか、となる。
入り口でヒザとくるぶしを少し擦り剥いてギャーギャーわめいている場合ではなかった。
しかも2連続でスリスリされ、
いよいよ傷モノの民となり、
「あぁもうお嫁にいけない」「まだ親孝行していないのに」「治癒力の範疇を超えている」という内容の「キャー!!」をみんなが叫び出すのである。
そうして、みんなの叫びが響き渡る中、180°旋回して最後を迎える。
到着した瞬間、全員が自身の足が無事かどうかを確認する。
なんと、無事なのである。
奇跡じゃないか。
神様なんだ。
この奇跡の瞬間が、1日に何十回何百回と繰り返され、1度のハズレもなく100%奇跡が起こるのだ。
ピレネーよ、神をも越えたモノとして存在してたんだな。
こうして乗り場へと戻って行き、残る浮遊感と多幸感を噛みしめながら何度もいろんな恩恵を授かりに乗車するのであった。
6:35くらいで先頭の白人のおっちゃんが阿波踊りみたいな動きをし始める。
意味不明だが、意味など考えてはいけない。
全てを受け入れるコースター、それがピレネーなのだ。
ぴぃ〜れねぇ〜
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